経理をひとりに任せきりにしていませんか
滋賀県内の中小企業では、経理担当者が1人だけという会社が珍しくありません。従業員数が限られるなかで、請求書の発行、支払い、記帳、給与計算までを1人がまとめて担う「一人経理」は、むしろ普通の体制です。
一人経理そのものが悪いわけではありません。問題は、「お金を動かす人」と「記録・チェックする人」が同じであるため、不正が起きても社内の誰も気づけない構造になりやすいことです。
警察庁の統計では、横領(占有離脱物横領を除く)の認知件数は令和3年の1,282件から令和6年には2,365件へと増加しています(出典:令和6年の刑法犯に関する統計資料(警察庁))。しかも横領は、会社が刑事告訴せず内々に処理するケースが多く、統計に表れる件数は一部にすぎないと言われています。
身内や長年信頼している人に大きな裁量を渡したまま、チェックする仕組みだけが追いついていない会社では、やはり不正は起きやすくなります。人を信頼しているかどうかとは別の話です。
なぜ一人経理で横領・不正が起きやすいのか
不正の3条件のうち「機会」がそろってしまう
不正は「動機」「正当化」「機会」の3つがそろったときに起きるとされています。動機(借金や生活苦)と正当化(給料が安いから、後で返すつもりだった)は会社側でコントロールしにくい要素です。会社が対策できるのは「機会」、つまり不正をやろうと思えばできてしまう環境をなくすことに尽きます。
一人経理では、振込の操作、現金の管理、帳簿の記録、通帳の保管が1人に集中します。お金を動かした本人が記録も直せるため、「機会」が常に開いている状態です。
発覚が遅れ、被害額が大きくなる
一人経理の不正は、少額から始まって数年間続き、発覚したときには数百万円から数千万円になっているパターンが典型です。最初の少額の抜き取りが誰にも気づかれないと、「見つからない」という誤った成功体験になり、金額が徐々にエスカレートします。警察庁の統計でも、窃盗・詐欺以外の財産犯(横領・背任など)による被害額は令和6年で約157億円にのぼります(出典:同統計資料)。
発覚のきっかけは、担当者の長期休暇や退職、税務調査、資金繰りの悪化など「本人が帳簿を守れなくなったとき」が大半です。逆に言えば、本人が休まず・辞めず・帳簿を握っている間は表面化しません。経理担当者が突然辞めて初めて実態が分かるケースもあります。退職時の対応は経理担当者が急に辞めた時にまず何をすべきかでも解説しています。
中小企業ならではの事情
「長年勤めてくれている人を疑いたくない」「チェックする人を雇う余裕がない」。この2つが、中小企業で対策が進まない典型的な理由です。しかし不正対策は、特定の誰かを疑うことではなく、誰が担当しても不正が起きにくい仕組みを作ることです。信頼している人にこそ、疑われずに済む環境を用意するのが経営者の役割と言えます。
よくある不正の手口
中小企業で実際に起きやすい手口は、おおむね次の4パターンです。
- 架空発注・水増し発注:実在しない外注先や知人の会社に発注したことにして支払い、キックバックを受け取る
- 経費精算の水増し:私的な支出を会社経費として精算する、領収書を使い回す
- 現金売上の抜き取り:レジや集金の現金を計上前に抜き、帳簿を合わせる
- ネットバンキングの不正送金:振込権限を1人で持ち、自分の口座や家族名義の口座へ送金して仮払金などで処理する
いずれも共通するのは、「支払いの実行」と「帳簿の記録」を同じ人ができる環境で起きているという点です。
個人事業の場合は、これに加えて事業主貸の動きを見てください。事業主貸が不自然に膨らんできたら、社長と一緒に内訳を確認する必要があります。身内が事業主名義のカードを使い込んでいた、という例もあります。数字の動きとしては事業主貸に現れるので、月次で額を追い、心当たりのない増え方をしていればそこで止められます。
中小企業でもできる不正防止の仕組み
職務分掌の最低ライン
理想は「お金を動かす人」「記録する人」「承認する人」を分けることですが、人数が限られる会社では完全な分担は難しいものです。最低ラインとして、次の2点だけでも分けてください。
- 振込の実行と承認を分ける:ネットバンキングは担当者が振込データを作成し、社長や役員が承認して初めて送金される「二段階承認」に設定する
- 通帳・印鑑・カードを同じ人に持たせない:通帳と銀行印を別の人が保管する。これだけで単独での払い戻しができなくなります
社長が承認役を担えば、追加の人件費はかかりません。毎回の承認は数分で済みます。
記録と証憑を残す
現金はできる限り使わず、支払いを銀行振込やカードに寄せると、すべての入出金に記録が残ります。小口現金を廃止してその都度精算に切り替えるだけでも、現金の抜き取りリスクはほぼなくなります。経費精算は領収書の原本添付を必須にし、クラウド会計を使えば誰がいつ入力・修正したかの履歴も残ります。
月次チェックで早期発見する
不正をゼロにする仕組みが作れなくても、早く見つける仕組みは作れます。ポイントは3つです。
- 預金残高と帳簿残高の照合:月に1回、通帳(またはネットバンキングの残高画面)と試算表の残高が一致しているかを担当者以外が確認する
- 月次試算表の確認:外注費や消耗品費など特定の科目だけが増えていないか、仮払金・立替金が積み上がっていないかを見る
- 取引先一覧の確認:年に1回、支払先の一覧を眺めて、社長が知らない支払先がないかを確認する
この程度の頻度と粒度でも、数年間気づかないという最悪の事態は防げます。
不正が起きてしまったときの税務の注意点
万一横領が発覚した場合、会社は損害を被っただけでなく、税務上の対応も必要になります。従業員による横領で会社に損害が生じた場合、損失を計上する一方で、横領した本人への損害賠償請求権を収益に計上する必要が生じる場合があります。回収できない場合の貸倒処理には要件があり、判断を誤ると追徴につながることもあります。また、経理処理を誤ったまま申告していた期間については、修正申告が必要になるケースもあります。発覚時は自社だけで処理せず、早い段階で税理士に相談してください。
外部の目を入れるという選択肢
社内の人数が足りず職務分掌がどうしても難しい場合は、経理業務の一部を外部に出すことが、そのまま不正対策になります。記帳や支払いデータの作成を経理代行に任せれば、社内の担当者と外部の担当者が互いの処理を目にする体制が自然にでき、1人で完結する業務がなくなるためです。
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外部のチェックをかいくぐって不正を続けるのは、社内だけで完結する場合に比べてはるかに難しくなります。社内に手をつけられない領域を作らないことは、そのまま社長の悩みを1つ減らすことと同じ意味を持ちます。加えて、社内の人に細かい確認を求めると身内ほど不満が出やすい一方、外部に対してそうした声は出ません。そして何より、社長自身の時間が空きます。
まとめ
一人経理は中小企業では避けられない体制ですが、「振込の二段階承認」「通帳と印鑑の分離保管」「月次の残高照合」という最低ラインを押さえるだけで、不正の「機会」は大きく減らせます。対策は担当者を疑うことではなく、誰もが疑われずに働ける仕組みを作ることです。社内だけで体制が組めない場合は、経理代行などの外部の目を入れることも有効な選択肢になります。